佐渡のフルーツ

毎年、12月になるとル・レクチエが届く。佐渡で生まれ育ったトライアスリートの友達が送ってくれる。ル・レクチエは洋ナシだが、山形のラ・フランスとは味も香りも触感も違う。ラ・フランスが梨に近いのに対し、レクチエはねっとりと甘く、マンゴーに近い。東京ではあまり手に入らないし、知らない人も多い。ヨーグルトと食べると、とても美味しい。佐渡は、トライアスロンに出るようになってから、13年通っている。日本海に浮かぶ、S字の島。電車も、デパートも、スタバも、ない。それでも、魚は豊富だし、米も野菜も果物も獲れる。島一周は180kmほどで、つねに水平線を眺めながら走れる。佐渡を思い出しながら、甘い香りのレクチエをいただき、来年の佐渡へ想いを馳せる。

ハート・ロッカー

今年の正月に弟から借りたままになっていたDVDを、午前中のハーフ出場で午後が空いてしまった日曜日に見た。ブッシュが起こしたイラク戦争、そこで爆弾処理にあたった米国兵士の話。アカデミー6部門に輝いたキャスリン・ビグロー監督の戦争映画である。始まりから、防護服を付けた班長による爆弾処理の場面。そして、爆死。この緊迫感が2時間続く。タイトルロールで、「The war is the drag.(戦争は麻薬である)」と流れる。新しく着任する班長のジェームスが、まさに爆弾処理ジャンキーのような男。ラスト近くで、スーパーで買い物をしたり、料理をしたりする家庭に戻ったシーンがあるが、戦争場面と対比すると、まるで生気のない顔をしている。そこにカットインされる、再びの任務の場面。緊張と高揚感にあふれた、まさに中毒患者の顔。戦争映画の兵士、時代劇の武士は、文句なしにかっこいい。つねに死と隣り合わせにいる潔さなのか、極限を生きる緊迫感がそうさせるのか。「燃えよ剣」の土方歳三や、坂本龍馬はかっこいいけれど、果たして現代に生きていたら、何をやっているのだろうか。ITベンチャーでも起業して、法を犯して投獄されていただろうか。いずれにしても、あの時代の生き様はできなかっただろう。

黄金のポタージュ

先週、くりゆたかで作ったかぼちゃのポタージュが美味しかったので、走りに行く前に作っておいた。玉ねぎをバターで炒め、味付けは塩、コショウだけなのに、ものすごく甘い。カロチンの黄色も色が濃く、美味しい上に栄養価も高そうだ。食パンをトーストして一緒に食べると、とても豪華なランチになる。味噌汁派の家族にも大好評。たくさん作って、小分けにして冷凍庫へ。風が出てきた2時半過ぎに砧公園に出かける。思った以上に寒く、めげそうになる。ウインドブレーカーの袖口に手を入れて、ゆっくり走る。公園に着いて、外周を走る。汗が出てきても、すぐに冷えて、走っているのに寒い。何周走ろうかなあ、と考えつつ、なんとか4周。二回ある上りは、気合いを入れて走る。4時を過ぎてくると、さらに風が冷たくなって、まるで一月下旬くらいの寒さだ。2時間のランを終えてシャワーを浴びたら、足がジンジンしていた。その後に食べたポタージュは、格別に美味しかった。翌日、すごく久しぶりにパン師匠の敏美ちゃんと一夫さん夫妻と三人で呑川沿いを走った時に、「塩麹のパンが美味しいのよ」と聞いて、作ってみた。塩麹を入れただけなのに、パンはきめ細かくフワフワで、これもポタージュと合うのだった。

57km走

絶好の行楽日和だった三連休。初日こそ、冷たい雨だったものの、土日は好天で道路の混雑もひどかったようだ。雨の初日はかぼちゃのポタージュなんかを作り、長距離走は土日に。30km以上は走るつもりでコースを考えるが、先が見通せる多摩川を走る勇気はなく、仙川の二往復に決める。土曜日は昼前にラジオをウインドブレーカーのポケットに入れて、川沿いの遊歩道へ。甲州街道で折り返し、東宝撮影所の入り口に差し掛かると、前方のランナーが手を振っている。ゆきちゃんだった。「もう一回行かない?」「うん、もう一回行く」と当初の予定どおり、二回目は二人でのおしゃべりランに。ゆきちゃんと走るのも、だいぶ久しぶりなので、お互いの近況などを話しながら、甲州街道を越える。東八道路近くで折り返し、水道道路を通ってジムまで戻る。私はさらに自宅まで走って、3時間20分。翌日は、ゆみさんとの約束どおり、2時半からジムスタートで、またも仙川。前日走った時も紅葉がきれいで、この辺りを流れる川の中では、唯一冬景色が美しいのが仙川だと思う。気温が低く、汗が冷えると寒くなる。東八道路で折り返し、日が陰って指先まで冷たい。少し遠回りをして、砧公園の裏側から環八沿いに戻る。戻ってくると、5時40分。手がかじかんでいて、ゆみさんにもらった蜜柑がうまく剥けないほど。ゆっくりとお風呂で暖まり、7時半帰宅。二日トータルで57km。

くりゆたか

世田谷ハーフの戦利品が届いた。佐川急便のお兄さんが、「重たいですよぉ~」と言うとおり、ずっしりと重たい10kgのかぼちゃは、北海道のくりゆたかという品種。とても甘いので、ポタージュなどに、と書いてある。姿形もきれいだし、ただの煮物ではもったいないような、高級品種らしい。これから冷え込みそうなこの冬の朝食は、甘いかぼちゃのポタージュをありがたくいただくことにする。

美しい椅子

仕事場で今まで座っていた椅子は、ハンズで買ったハーマンミラーもどきの肘掛け椅子だったが、他のスタッフに横取りされたら、体重の影響でネット状になっている座面が破れてしまい、仕方なく私が座っていたエルゴヒューマンを進呈したので、その破れたもどきの椅子に半年座る破目になった。お尻の部分がすっぽりと落ちてしまうので、どうしても腰が痛くなる。そしてようやく、新しい椅子がやってきた。ハーマンミラー、セイルチェア。見たところ、普通のオフィスチェアなのだけど、さすがハーマンミラー、座っていて、どこも痛くない。Sailが帆を意味するのか、背もたれ部分がすっきりと立ち上がった帆のようにネット状になっていて、背中をぴったりと支える。自分が座っていない時も、どこから見ても美しく、惚れ惚れとする。ヘッドレストのあるエルゴヒューマンは、いかにも大きくていかついが、それに比べてセイルチェアは、ただ美しくデスクにおさまっている。椅子が良くなったので、さぞやいいアイデアが浮かんで仕事が捗ると思いきや、そういった相乗効果はいっさいないのは困ったことである。

かぼちゃ10kg

よくよく考えてみれば、ハーフマラソンは実に3年ぶりであった。
しかも、その3年前もこの世田谷246ハーフマラソンだった。

朝から日差しはなく、走るにはうってつけのような陽気に思えたが、スタートして2kmもすると、汗が目に入って痛かった。
スタートから10kmまでのペースは1km5分30秒、今までなら5分そこそこで走っていたのでスローペース、それなのに多摩堤通りではなお辛くなった。
等々力不動の上りで、関門閉鎖まで4分と言われ、これも初めてのこと。
世田谷の制限タイムは2時間10分である。深沢で、平松夫妻の応援、「どうした!」と言われる。
ゴールしてみれば、2時間を大きく超えるダントツのワースト記録。おそらく3年前より10分近く遅いはず
。単なる練習不足か、もう走れなくなっているだけか。それにものすごく消耗している。
長袖のシャツはびっしょりだし、足も痛い。このペースだとフルは4時間半だ。どうなる、さのマラソン。

よろよろしながら抽選会ボードをみると、なんと北海道のかぼちゃ10kg当選。
世田谷ハーフの当選確立が10倍以上、抽選会は1500分の30、50倍らしい。
たしか3年前もカネボウのファウンデーションセットが当たったはず。こういう運だけ強い。

小春日和

まさに今日のような日のことを言うのだろう。南向きの窓を全開にすると、日差しが注いで、ぽかぽかと温かい。
ただ座っているだけで、とても幸せな気分になる。
季節が夏から秋に、もうすぐ冬へ移行しようとしている時期に、春の温かさを感じている。
ちょうどひと月前、糸魚川スポルトへ出かける日は、暑くて暑くて、冷房を付けていたのに。

木枯らしの冬までの、ほんの束の間の自転車日和。メモ用紙とカメラをバッグに入れて、ポタリングに出かける。
机の前にだまって座っていても、なかなかいいアイデアは浮かばないので、街の風景や人や、自転車を眺めながら、思いつくまま、気の向くままに走ってみる。
井の頭通りから、青山通り、キラー通り、外苑西通りと行くが、最後はやはり新宿にたどり着いて、うろうろする。
予備校時代から大学、勤務先と、8年間新宿に通った。この雑多な街が妙に落ち着く。
夜中も明け方も、いつも新宿だった。
そのうろうろしていた新宿三丁目あたりでお茶を飲み、メモ用紙にあれこれと書き込む。
隣は、あれこれと声に出しながら販売計画を書き込んでいるアパレルの販売員の女子二人、その横は杖を突いて、やっと歩いている足の不自由なお父さんに付き添う奥さんの二人。
新宿三丁目には、あまり今風のおしゃれな若者はいないけれど、しみじみと人間臭い人が沢山いる。

ランニングシューズ

もうすぐ世田谷246ハーフマラソン。なんだか、ランの大会に出るのは久しぶりな気がする。去年は結局、つくばも勝田もDNFだった。何かに申し込まないと練習しないから……、なんて人には言っておいて、申し込んでも大して練習していない。やれやれ。もはやないと思われるモチベーションを1mmでも上げようと、ランニングシューズを買ってみた。今履いている、ナイキの足袋のようなシューズがアディダスにもあったので、紫にしてみた。アマゾンで安い時に買ったら、クーポンというのもついて、5000円引き。この足袋のようなシューズは、爪先から着地しなさい、というのをテレビ番組で見た。爪先のソールは薄く、まるで裸足のような感覚で走れる。実際、ナイキの足袋シューズは、走った感覚がなかなか良い。来月のさのマラソンは、このアディダスでいってみようと思っている。

ランニングシューズ

ランチ

編集プロダクションの社員だった頃、大学生アルバイトで来ていたカズは一歳年下で、現在はマーケティング会社の社長。私が会社員でいた3年間、他のアルバイトと一緒に映画やコンサートに行ったりしてよく遊んだ。2年前に何年ぶりかで会って、起業の話を聞いた。会社も軌道に乗って順調らしく、メールが来て2年ぶりのランチとなった。持って行ったパンフレットの広告を見てカズがポツリと言う。
「井上さん、原田知世のサインもらって来てくれたよね。『和さんへ』って。まだ取ってあるよ」「取材に行ったのは覚えてるけど、サインもらったの、私が? そんな恥ずかしいことしたんだ」。かれこれ25年くらい前の話だ。まるで覚えていない自分に呆然。25年経った原田知世も、あのときのイメージのままに可憐である。時間だけ経ったことにも驚く。ローリング・ストーンズも、プリンスも、U2も、佐野元春もヤクルトの試合も一緒に見に行ったなあ、と思い出す。会った頃から30年。光陰矢のごとし。

原田知代