真夏日だった糸魚川スポルト

今年の夏はどう考えてみても異常気象。それも、10月5日なのに、東京、山梨、長野は30℃越えの暑さだった。そんな天気でも、東京・駿河台から新潟県糸魚川まで332kmをリレーで走る東京→糸魚川ファストラン・スポルトに参加。深夜1時にから揚げ、厚焼き卵、5合のお米でおにぎり9個の三人分のスペシャル弁当を作り、2時半ピックアップ。4時スタートで、車組は次の交代ポイントへ急ぐ。写真は国立インター前のローソンで、今か今かと走者を待っているところ。朝5時半ですでに薄明るく、風は向かい風。これはゴールまで続いた。3人の分担は、最初は30kmずつを担当した後は、20kmずつ、一人5回走る。私は最初の4区間が、ほぼ登り基調で、小谷からゴールまでが唯一の下り区間。塩尻峠はじりじりの日差しで汗がボタボタと流れ、安曇野~木崎湖までのダラダラ登り19kmは、向かい風で泣きたいくらいだった。踏んでも踏んでも20kmしか出ず。今年はノーミスで走ったものの、この向かい風が影響して、去年よりペースが遅い。小谷の交代ポイントでタッチしたのは、完走タイムまで40分しかない5時50分。雨がぱらつき、いつもより暗い、というか真っ暗。こんな時間にこのコースを走ったことがなかったが、中盤以降続く洞門は灯りがどこにもなくて、真っ暗。自転車のライトでは路面の一部しか見えなくて、とにかく怖い。平衡感覚までなくなっていて、24kmの区間、下りなのにスピードは出せず。ふらふらしながら55分もかかってゴール。本当に死ぬかと思った。

マイクロカレント

鵞足炎になって、かれこれ3ヶ月半。自転車だけは続けているものの、ストップ&ゴーでは痛みが出て、かばっているのか左大腿部は肉離れ気味。ずっと鍼治療をやってくれていた小嶋トレーナーが10月から独立のために退職するので、少し別の治療法を探して、千歳烏山の整骨院まで行ってみた。鵞足炎 世田谷区で検索してヒットしたところ。日本のプロ野球、MBLの球団が使用しているという、NASAで開発されたマイクロカレント「エレサス」という「損傷した細胞に微弱電流を与えることによって活性化させ、体内の自己治癒能力を高めて痛みの緩和や症状の改善を促す」治療器具を使う。長い問診のあとに、鵞足炎が起こった原因、私の場合はほとんどがハムストリングス、脹脛の筋肉の固さによって、ニー・イン(膝が内側に入ること)が起こっているということだった。最初の治療は、ストレッチの方法なども含めて1時間40分、しばらくは週2回通院するように言われている。今日は2回目だったが、トライアスロンについて聞かれるのは毎度のことながら、オリンピックディスタンスと言った時に、「オリンピック種目なんですか!」と言ったのには呆れ、「それは不勉強過ぎますよね」と突っ込み。自転車競技も、今では特別なものではないのに、Qファクターのことも説明しないといけないのは、少し頼りない。自転車はそもそも、ペダリングごとに「ニー・イン」しているわけだし。それでも、内転筋、脹脛、お尻、胸筋をほぐすストレッチは毎日欠かさずやるようにしている。今週は東京→糸魚川スポルト。高強度の自転車駅伝競走がある。

お彼岸なのに真夏日

やっぱり今年はどうかしている。暑さ寒さも彼岸まで、という言葉だけを頼りに頑張ってきたのに。お彼岸の中日の昨日、気温31℃、午後3時の湿度はナント73%というムシムシの真夏日。どこかの天気予報で、「ドライヤーの風が当たっているよう」って、今年の夏は毎日こうでしたからっ!(と、なぜかギター侍風) しかも瞬間風速22mというので、こういう日はただ消耗するだけなので、この日も自転車トレは室内。ジムへ行き、エアロバイクを予約して、100Wから上げていって40分。汗はすごいのに、心拍はあまり上がっていないのか、Apple Watchの運動量少なく。普通に2km歩いたくらいの消費カロリーって、どうなってんだApple Watch! 早く、普通の秋の日が来て、気持ちよく自転車に乗りたいものだ。ラグビーWCが始まって、J SPORTSでも全試合放送するというので、個人的にも俄然、盛り上がってきた。かなり原始的な、肉塊と肉塊がぶつかり合うスポーツは、ただシンプルに見ているだけで面白い。そこにWCならではの、国の威信を賭けての闘いがあるわけで、JAPANが予選を突破できるかどうかが目下の課題。それにしても、アイルランドは目茶目茶強い。スコットランドにトライを許さず、ミスのない試合運びに見えた。

東京2020

来年の東京オリンピックの準備は着々と進んでいる。ようやく姿を見せてきた国立競技場横を、MGCの選手達が通り過ぎるのをテレビで見ながら、いよいよだなぁ、と感慨深い。前回の東京五輪は、私が5歳のとき。もう生きている間にオリンピックはないだろう。自身のトライアスロン歴も、今年で20年になった。丈夫だけが取り柄の20年だったのに、冬から左肩が傷んで長いこと泳げず、6月からは右膝が鵞足炎で走れなくなった。菅野じゃないけど、故障により登録抹消となった今年。トライアスロンの完走記録も0となった。来月の東京→糸魚川スポルトは参加しなくてはいけないので、その日を待って、しばらく快復まで「運動休止」と小嶋トレーナーからはドクターストップ。連休中も、ロードワークやエアロバイクのトレーニングは続けた。筋トレさえも上半身だけ、プールもダメ、なのでとにかくやることがない。いったい、いつになったら走れるんだろう。いつもなら、目黒ぐるぐるランを楽しめる秋。私は読書の秋にするために、桐野夏生の本を集めている。

自転車で走ろう

9月中旬になろうというのに猛暑日が続き、気温もさることながら、湿度80%に、もはやギブアップ。母の仏壇前の花は10日持たず、駅から花屋への200mを日差しに向かって歩いていたら、気を失いそうになった。暑すぎる。帰りは雷雨というので、日傘も持ってない。実家に着いて「暑い、暑い」と言っていたら、ソファでごろごろしている弟が「暑いって言うと、余計暑くなるよ」だと。この前の台風で、相模原の自宅も揺れたというのだから、千葉県の甚大な被害はいかばかりか。この暑さのなか、電気も水も情報もなく。東電はあらゆる力を注いで復旧すべきではないか。生温い会見が腹立たしい。内閣改造結構、ただ官邸でだらだらと子育て論を語る新環境相を報じる時間があるなら、千葉の現状をもっとリポートしたらどうか。だいたい、ぺらぺら喋る男は中身が薄い。だまっていればわからなかったのに、おつむの程度が知れてしまう。私は何もできないから、ガソリンスタンドで役に立っている競輪選手を見習って、自転車に乗ろう。

20年目の佐渡

今年も暑い夏が来て、しかも殊の外高湿度の厳しい夏だった。こんなに自転車に乗らなかった夏もなかった。しかも、6月にランの練習中に鵞足炎になって、7月の皆生もラン前にリタイア、そして20回目の佐渡も、ランの第一エイドでリタイアした。バイクまでは楽しかったのに、走り出すと右膝が痛み、それをかばっていたのか左太ももはこむら返り手前。3kmまでのエイドを半分歩いて、ジ・エンドだった。今年のトライアスロンは怪我のために記録なし。海は荒れて、バイクは向かい風がきつく、ランは暑かった。いつもの佐渡が、今年はちょっと厳しかった。七浦荘に着く前、行きのフェリーで選手権の高濱くんからご主人の訃報を聞き、去年に続いて豊ちゃんのいない宿だった。亡くなったのは、4月11日、奇しくも亡き母の誕生日。64歳、あまりに若かった。宿はいつものメンバーで賑やかに、食事の時は隣の席は津軽鉄人会の面々。7月の鯵ヶ沢トライアスロンへ、というゆるい約束をして、今年は散会。

秋の気配

夏休み最後の日曜日はたまライド100K。去年も猛暑だと言っていたけど、短かった今年の夏のほうが、高湿度で厳しかった。涼しい風一つ吹かず、外へ出れば熱波が襲う。8月はバイク練習は一度しか行かなかった。こんな夏もめずらしい。そんな暑さで、参加者もたまライド始まって以来の最低人数を更新。高校生の遼太郎くんと、去年都心を走るTOKYO TRIBE RIDEに参加してくれた山際さん。ガイドと4人でのライドとなった。全員揃ったところで、早目のスタート。ペースも最初から早いので、予約していた昼食も40分前倒し。尾根幹では、アップ&ダウンが連続するが、「一番楽しかった」と遼太郎くんは爆走。最後までペースは落ちず、見事初100kmを完走。山際さんは、都心ライドの後にロードレーサーを購入し、輪行もマスターして参加してくれた。今、すごく楽しい時らしい。来月は富士山ロングライド120kmへ参加するとか。「面白いガイドさんですごく楽しかったです。必ずリピートします」と、大好評で終了。

秋よ来い

今年の暑さは少しおかしい。気温もさることながら、湿度が高いので、熱波のような暑さだ。外へ出ようとドアを開けると、近くで火事でも起きているんじゃないかと思うくらいの熱波が襲う。もう2ヶ月、外を走っていない。この間の日曜日は、バイクへ行くつもりで起きてみたものの、暑さにゲンナリとし、ジムの室内トレーニングに切り替えた。トレッドミルとエアロバイクをやろうと、まず走り出してみたものの、どうにも辛く、25分で予約してあったバイクへ。自転車なら大丈夫だろうと漕ぎ出すが、これが100W×90回転でも辛くて仕方がない。80Wに落として、どうにか30分漕いだものの、倒れるんじゃないか、というくらいにフラフラだった。ストレッチマットでしばし休憩。室内でもダメだった。自転車で帰るので外に出ると、日差しが容赦なく照り付けて、やっとの思いでたどり着き、遅いお昼をそばを茹でてもりそばで食べた。この夏、一番の暑さだったような気がする。いつまで暑いのか、そろそろ限界。金曜日の暑気払いで、唯一涼しげだった冷製パスタ。食べなかったけど、きれいだったので。

猛暑の中にも秋の気配

猛暑が続いて2週間、そろそろ飽きてきた。しかも、今年の暑さは「ムッ」と暑い。外へ出ようとして、ドアを開けた途端、「ムッ」と熱気が襲う。朝、ベランダで洗濯物を干しただけで、汗だく。冷房をしている室内で、食事の支度をしただけでも汗だく。そんなお盆前の山の日振替休日、8月に入って初めてバイク練へ。どこを走ろうかと、走り始めて考えたが、道路も混んでいそうなので、国道246号や尾根幹は避けて、いつもの多摩川沿いで北上。新奥多摩街道に出て、さてどこで左折か、と曲がったことのない拝島橋へ。朝方の雨で、風に当たる風は涼しい。16号線のバイパス沿いを歩道で登りながら、やがて見覚えのある左入町。たまライド50Kのコースで通ったところ。勝手知ったる道を進み、モノレール下へ出る。そろそろマグボトルの水がなくなってきたので、コンビニ休憩。まだ50km走っていないけれど、このまま戻る。インナーに入れるほどの登り坂はなかったものの、少しの登りでもヘロヘロ。それでも、そろそろ夏は終わり、を感じさせた。

 

夏・京都西大文字町

車が新しくなって、かれこれ20日。ずっと気になっていた、一年半前に亡くなったピエールのお墓参り。ちょうど、一年前に母の納骨があって、私も一区切りだったので、佐渡前の時間のある8月に車で行ってみることにした。春からいろいろ考えていて、新幹線で輪行、という案もあったけど、この暑さで自転車と荷物を持っての乗り降りはどうも考えにくい。距離は440km、一日で往復は無理なので、まず宿を予約して、同行者を探すことにした。毎年、誕生日の頃に大学の同級生、ターコが電話をくれて、近況をお互い話すのだけど、大阪の両親の介護もあって、春から兵庫県三田市に移ったということ。ちょっと三田までは行けないなぁ、京都も遠いよね、なんて話をしていたところだった。とりあえず、メールで京都行きのことを報告したら、翌朝電話があって、ちょうどその前日に娘が活動するヤクザル調査隊なる、屋久島のチンパンジーを研究する京大のグループの講演会があって、夫と行くのだという。5日は関学教授の夫は東京に学会で出かけるので、時間つぶしをしているというのだ。ピエールのお導きか、とんとん拍子に話は進んで、夕方、琵琶湖のホテルで落ち合うことになった。まずは、京都まで車で行って、お寺をみつけてお墓参り、そして琵琶湖のホテル最寄駅にターコを迎えに行き、ホテルへ。一日のミッションが盛り沢山だ。家族にも休み休み行くように言われていたのだけど、とにかく暑いので、SAで降りて歩くのも大変。中間地点の浜松SAでおにぎりを食べて、休憩はそれだけ。お寺をみつけるのに、道がどんどん狭くなってこわいので、車を停めて水を撒いていたご婦人に場所を聞く。「あそこかなぁ、一緒に行きましょか」と向かいに住んでいる大学生の孫にも場所を聞いてくれて、二人でお寺までトボトボ。そのお寺の奥さんは、犬の散歩で顔見知りだとわかった。三人でお墓参り。その後、「お茶でもあがっていってください」と冷茶とお菓子を出してくださって、少しお話をする。なんとも、親切なご婦人たちであった。丁寧に御礼を言って、私はすぐに高速に乗って、最寄駅へ。なんとかターコと落ち合って、ホテルでは20年ぶりぐらいの、積る話を夜中までしていた。朝、琵琶湖を散歩して、また来年琵琶湖で会おうね、と約束した。