野尻湖カップジャパンオープン

って、ゴルフの大会みたいな名前だといつも思う。今年で25回も開催しているのだそうだ。いつもゼッケンは女性からふられているが、今年の私のゼッケンは21。その前は登録の選手らしくて、白に赤縁のゼッケン。女子は20番からふられていて、隣は外人女性だった。いかにも速そうだし、と思っていたら、スイムアップは私の後だった。バイクに入って、すぐに颯爽と抜き去っていて、やっぱりね、と思っていたら、2周目の終わりにまるでサイクリングぐらいのスピードで失速気味。もう一人の外人女性は最後のランで遠く前方を走っていた。残り500mくらい。若い女の子と男の子が、並走して、声を掛けて応援している。まさか追いつかないと思ったら、ゴール前50mくらいで追いついてしまい、そこでその女性もがんばってスピードアップしたのだけど、やっぱり抜いてしまい、しかもゴール手前で猛追してきたので、結局二人でゴール前のデッドヒートなってしまう。トップならいざ知らず、ちょっと恥ずかしい。結局、私が胸の差で入ったが、ゴール後、4人でハグ。後でわかったが、その若い男女は彼女の子供だったみたいだ。ランの途中で、声を掛けたノッチとはゴール後、ハイタッチ。「先ほどはどうも」といつもこの人は丁寧。海上自衛隊のマーくんとも話せたし、卯月チャンプは復活したし、隣の同い年の人ともゴール後に話せたし、今年も楽しい野尻湖だった。しかし、女性の半数近くが50代というのは、どう考えても高齢化だろう。しかもみんな速いし。隣の同い年は初参加だったらしいが、「どうして、こんなきついのを毎年出てるの」と聞かれたので、「走っている時は来年は止めようと思うんだけど、頭悪いから忘れちゃうんだよね」と答えておいた。だって、自分でも理由はわからないのだから。しかも、バイクもランも本当にきつい。こんなに上り下りばっかりなくてもいいと思うけど。

ゲリラ豪雨

ここのところ、週末は必ず雨。先週は日曜日が雨だったので、自転車に乗れず、今週はどうしてもバイク練習しないと、と土曜日も早起きしてみたものの、午前中は雨でNG。仕方なく、昼間、ランに出かけて、自転車は日曜日に持越し。2週間ぶりの連光寺。陽射しは暑くないけど、ものすごい湿気で涼しいのに楽ではない。いつもの北野街道、鑓水から再び尾根幹に戻り、回転練習。70kmを3時間弱で戻り、ヘトヘト。そのままランへ、という選択肢は消え失せて、休憩。夕方、雷雨という予報、しかも6時からウルグアイVS.コロンビア戦があるので、3時半にジムへ行き、烏山川緑道へ。環七を渡る時に、北の方角は真っ暗になっていて、雷がゴロゴロし出した。三宿で折り返し、茶沢通りを渡る辺りで雨が降り始め、あっという間に豪雨。木陰で雨宿りしていたが、雨がひどくなって意味がなくなったので、再び走り始めた。すでに緑道は冠水。前が見えないくらいのひどい雨で、しかしそのまま走り続け、国士舘大学に着いたので、1階ラウンジに駆け込んで雨宿り。数人の人が足止めされていた。15分ほど待っていたら、雨が小止みになったので、そのまま1kmちょっとを走って、ようやくジム到着。戻る頃には雨は小雨。その後、薄日も差すほどに回復したが、再び6時頃から降り出した。雨の間隙を縫って走るのも、この時期はなかなか大変。サッカーを見ながら、リュスティックを作る。

ふがいない僕は空を見た

「よるのふくらみ」というなんとも意味深なタイトルの本の書評を新聞で読んだ。そして、そのままその新刊を読めばいいのに、デビュー作の「ふがいない僕は空を見た」「クラウドクラスターを愛する方法」、そして「晴天の迷いクジラ」を読んでいる途中である。「ふがいない‥」に登場する母親は助産師だったし、「クラウド‥」の主人公はイラストレーター、そして「晴天の‥」の最初の主人公はグラフィックデザイナーだ。著者がフリーライター出身だからか、助産師以外は身近な職業が登場する。そして、その人物描写もごく普通の、そして悩みや迷いを抱えたごく普通の人々の話。それは高校生だったり、24歳の不妊に悩む専業主婦だったり、学校の教師だったりするけれど、その心の描写が切なく、悲しい。人は孤独で弱いので、ふと何かのきっかけで事件を起こしたり、病気になったりする。人を想う気持ちは沢山あるのに、どうしてもうまく伝わらない。仕事や生活に追われていることも一つの理由だろうし、愛情を受けることに慣れていないのも原因かもしれない。そういう普通の人の日常や迷いを、丁寧に描写していく視点がすごい。心をぎゅっと掴まれて、物悲しい気分になる。どれを読んでも、その切なさのトーンが変わらない。

「夕焼けではちみつ色に染まった空を、橋の真ん中に突っ立ってばかみたいにながめていた。ここから落ちたら死ねるかなと思いながら、よろよろと松葉杖をつきながら、二学期の始業式に出かけるおれの姿が浮かんだ」

W杯開幕

先週まではまるでそんな雰囲気ではなかったのに、一気にサッカー王国にでもなったようなムード。そんなに日本国民はサッカー好きだったっけ、といつもこの時期は思う。日曜日の朝、テレビはまるで決勝トーナメントに進んだかのような戦勝ムードで監督インタビューを伝え、いかに日本が優位かを話している。そんなに下馬評は良かったのかなあ、と練習にも行かずに、10時の放送を待っていた。先取点の時は、二階の住人が大騒ぎをしていた。みんなテレビを見ている。後半は、日本にまるでいいところはなかったようにゲームが進む。面白くないので、あちこちの掃除を始める。その間に二得点。「あと何分ありますか」と岡田前監督が聞く。「23分あります」23分もあっても、日本の攻撃は何も効果がなく、シュートを打たない。なでしこはアディショナルタイムでも果敢に攻め込んでいくのに。あっけなく試合が終わり、昼過ぎから、かんかん照りの中を烏山川緑道へ。池尻で折り返し、14km。ブラジルと違って、湿度がないので、思ったほど暑くない。午後は中日戦。好調オリックス相手に、打線が援護。大島、森野、和田が快調。夕方、プールで1500m泳ぐ。夜、イタリアVSイングランド戦を見る。世界のサッカーはすごい。

入梅

週末の雨。二日とも、かなりな降水量の雨降りの土日は、何もできずにストレスが残る。だいいち、洗濯ものが乾かない。車で出かけるにも、傘が手放せず、しかも殴りつけるように降る強い雨。土曜日の伊豆大島トライアスロンは大雨警報のために中止らしい。日曜日、午前中にいったん雨が上がるという予報を信じて、朝から待っていたが、小雨が降り続き、諦めてランニングしよう、とウエアを着こむと、11時にやっとあがったので、今度はサイクルジャージに着替えて出発。いつもの尾根幹をめざして多摩川沿いを走ると、また雨が降り出し。このまま遠くなってしまうと戻るのも大変と、多摩南野の駅でUターン。小雨はふり続き、靴下まで雨が沁みる状態で帰宅、走行距離30km。この日会ったローディはたった一人。夕方、やっと雨は止み、今度はまたランの恰好をして、烏山川緑道を走る。雨上がりで、散歩の人が出始めた。水路に咲く花を眺めながら、12km。ジムの中は人でいっぱい。空気が薄そう。ゆっくりとお風呂に浸かって、週末トレーニング終了。

水無月

6月に入ったばかりの日曜日、朝から日差しが強く、昼前には東京でも気温は30度を越していた。埼玉では、猛暑日になった、とテレビの速報が伝えている。9時前に、前日と同じく尾根幹を走るべく、多摩川沿いを走っていると、「まいど!」と声を掛けて追い抜いていくのがいた。誰だろう、としばらく走っていると、サドルバッグやテールライトに見覚えがあった。一日中見ていたので、よく覚えている。伊東くんだった。その背中に、「見慣れた後姿」と言うと、ゲラゲラ笑っていた。お互いに連光寺坂に行くとわかり、しばらく付いて行ったが、上りを快調に走って行く姿を見送って、私はいつもの連光寺方面へ左折、伊東くんはいろは坂をめざして下って行った。また一人になって、この日も北野街道へ出て、鑓水から再び尾根幹をめざし、回転練習。暑さはさほどでもなく保冷ボトルの氷はまだ全部溶けていない。川沿いの道はまたよく回って、自宅近くでサイコンを見ると、ave24kmになっていた。夕方、烏山川緑道を走る。夏になると、緑が多いこの遊歩道を走る。ちょうど三宿まで30分、折り返してジムへ戻った。

尾根幹

糸魚川が終わって、久々の尾根幹。糸魚川前は、ずっと宮ヶ瀬だった。この日は7月の陽気だと天気予報では言っていたのに、走り始めた9時半頃は曇り。天気悪し。日焼け止めをばっちり塗ったのに、ちっとも晴れない。いつもの連光寺を上り、尾根幹に出て、北野街道の鑓水から、再び尾根幹に戻る。多摩境のコストコ前を通って、左折。天気も悪いので、自転車は少ない。帰り道に尾根幹を入れると、信号が少ないので、踏んで踏んで、の回転練習になる。この日も70kmほどの練習で、3時間そこそこで帰ってこられた。休憩、なし。それでも、疲れがまだ取れていないので、昼ごはんを食べていたら、目の端に星がちらついて、眩しくていられない。目をつぶって、しばらく休む。午後はテレビを見ながら、バケッド作りをして、夕方はジムへ。日曜日、誰とも会わなくなって、かれこれ2ヶ月。千歳船橋が懐かしい。

東京→糸魚川ファストラン304km

毎年のメインイベント、東京→糸魚川も今年で14回目の出場。年々、当然のごとく年を取るわけで、しかも若くない年齢になってきて、今年は「本当に帰ってこられるのか」と思うようになってきた。去年と同じことが今年はできるのか。前日、金曜日に新宿からかいじに乗って山梨市駅へ移動。ビジネスホテルでは、いつものアスペンの人達と一年ぶりに話をし、翌朝の食料を買い込んで真夜中スタートに備える。当然のごとく、眠れぬ夜を過ごして2時起床。朝食をとって、3時過ぎにスタート場所まで移動する。真っ暗な公園に、怪しい自転車の人たちがごっそりとスタートを待っている。雁坂のみちを数人ずつで走り出す。ものすごく寒い。しかも、昨日から吹いている北風がこの日も最後まで吹いて、過去最高の難レースになることは、このころはまだ誰も気づいていない。やがて甲州街道に合流し、韮崎、白州と進んでいく。陽がのぼってきて、震える寒さはなくなったものの、依然として寒い。しかも、日本海の方角から吹いてくる北風がものすごく、全然スピードが出ない。これじゃあ、着かないかも。暗―い気持ちになって、一人で富士見峠を上る。段々、サポートカーの応援も増えていく。ここを下ると、諏訪湖。この辺りで男たちのパックに追いつく。総勢6人。後ろに着いて走ると、やっぱり楽。手信号なんかをしてくれて、順調に最初のCPに着く。ここで、尾根幹で私を見かけるという伊東くんと話す。20分前のスタートということ。一人で出発し、19号線に入ると、その伊東くんが「オーッス」と声を掛けて追い抜いた。ここに着いていくことにして、しばらくランデブー。他のチームメンバーとも一緒になって、しばらく複数で犀川沿いを走る。20kmくらい行くと、伊東くんが疲れてきていたので、「ちょっと引いてみるね」と前へ出る。そこから、7人の男を引き連れて、やがて二番目のCPへ。「いやぁ、助かった。快復した」と伊東くんが言っていたので、そのまま二人で走ることにした。飯綱高原の上りは、地元能生の若いお兄さんと三人で上る。最後のCPでは、レモネードや蜂蜜レモンをいただいて、元気回復で、残り80km。野尻湖まで上ると、あとは上越に向かって長い下り。でも、向かい風は強く、伊東くんが先行したが、私も交代して前へ。回して回して下って行く、私の大好きな道なので、ガンガン踏む。海岸線の8号線まで、ずっと向かい風。日本海が近づいて、風は強くなっている。伊東くんが少し疲れているようだった。海岸線に出て、アスペンの3人と一緒になり、やがて5人のパックになって、残り40km。標識が「糸魚川39km」となって、俄然エネルギーが出てきた。伊東くんがハンガーノック気味になってきたので、また私が前へ出て、残り30km。「あと20kmくらいだよ」。日本海はすごい荒れようで、海水が私達にまで飛沫となって飛んでくる。ようやく、148号線の標識。「やったー」と前を行くジニーが叫ぶ。左手を高く上げて、左折。もう少しで到着する。右手にフォッサマグナの噴出が見えてくると、そこはゴールの糸魚川ホテル。13時間13分。今年も、なんとかゴールできた。こんな悪条件の中をたれずに走れたのは、二人だったからだ。終わってみると、体のあちこちが痛いが、今年も抜群に楽しい糸魚川だった。

新緑の宮ヶ瀬湖

5月に入って3度目の土山峠。この日は文句なしの快晴。暑くもなく、寒くもなく、強風もなく、の自転車日和。いつもの国道246号線も、GWが終わって、通常の流れになっていて走りやすい。厚木までは、直線を回しに回して、妻田まで。ここから、宮ヶ瀬に向かっていく。小鮎川を眺めたりしながら進むと、やがて清川村の看板が見えてくる。山深くなって、緑が一層濃い。村役場を過ぎると、いよいよ登りになってくる。ここから10kmくらいは宮ヶ瀬湖まで登っている。車もほとんど来ない。土山峠のてっぺんまでは、いくつもの九十九折。腰が痛くなるけれど、がまん、がまんで登って行く。ようやくついた頂上では、一気に宮ヶ瀬のエメラルドグリーンが開けている。ここから、湖にかかるいくつもの橋を越えて、愛川町へ向かう。宮ヶ瀬湖は人工湖ながら、その景色は圧巻。何度来ても、美しい。満員のビジターセンターを通り過ぎ、アップ&ダウンをこなしながら、相模川を渡る。今日は相模原方面からの自転車が多い。二本松からは橋本の町を通って、町田街道へ。ここからは30km。この日は休憩なく、107km。GWトータルで580km。来週はいよいよ糸魚川へ。

トランジスタ・ラジオ

今年のGWは暦どおりだと、緑の日+週末からの4連休のみ。通常の土日にプラス3日の祭日。それでも、5日のうち、4日はロード練へ行くことができた。行楽日和といわれた後半の4連休も、晴れたのは走らなかった4日のみで、ほとんどが曇天。最終日は「明日は行楽日和です!」と天気予報のお姉さんが自信満々に言っていたのに、晴れるどころか、強風と低温。帰りの世田谷通りは寒さに震えながら帰ってきた。それも、久しぶりの清川村は新緑が美しく、暑い中を息も絶え絶えに登る土山峠もいつもよりは楽に感じた。行く折りもの九十九折を登り、たどり着いた宮ヶ瀬湖は、エメラルド色の水を湛え、新緑の若緑色によく映えていた。今年も春が来たのである。ちょうど5年前、清志郎が死んだ翌日、ここを登っていた時に、追悼でラジオから「トランジスタ・ラジオ」がかかっていた。

Woo 授業をさぼって
陽のあたる場所にいたんだよ
寝ころんでたのさ 屋上で
たばこのけむり とても青くて

そんなことを思い出しながら、いくつものアップ&ダウンをこなしていく。愛川町を過ぎ、相模川を越える。キヨシローはもう自転車、乗れないんだね。