自転車競技のドーピング問題は、今年前人未到の七連覇を遂げたランス・アームストロングの自白によって、大きな局面を迎えた。そのアームストロングとUSポスタル時代にチームメイトとして一緒に過ごしたタイラー・ハミルトンが独白する形の小説が、シークレットレースだ。聞き手はダニエル・コイル。そこには、選手時代を通して、ドーピングと付き合った顛末が綴られている。私が初めてツール・ド・フランスを知ったのは、かれこれ27年前だと思う。ベルナール・イノーがいて、グレッグ・レモンがいて、ローラン・フィニョンもいた。この頃、動く映像を見られたのは、NHK総合でやっていた1時間の総集編だけだった。それでも、ツールの魅力は十分に伝わった。ツールを制する者は、英雄であり、自転車界のヒーローだった。アームストロングはモトローラにいた時に癌になり、復帰後七連覇を遂げている。当初から、ドーピングの噂はついて回ったが、次々とトップ選手が出場停止になるなか、ランスだけは無傷だった。それが、引退して、こんなに年数が経過してからの告発に、みんな首をかしげた。どうして、今さら、どうして、こんなに時間がかかったのか。それが、この本を読むとよくわかる。ランスは癌になった時からドーピングの噂があり、七連覇の頃は、自分は血液ドーピングの常習者であったにも関わらず、チームメイトを告発したり、国際自転車競技連盟(UCI)に密告したりを繰り返している。一番驚くのは、そのUCIも多額の寄付金で買収しており、ドーピングの検査日は彼には知らされていたということ。陽性反応が出た時も、その結果はもみ消しにされている。ランスは、自転車界のヒーローであり、一流の実業家であり、莫大な資産を生み出す商品であって、常に他を圧倒し、排除していかなければならない宿命にあったといえる。数年前にFBIが調査に動いた時も、政治的圧力で断念され、そして再び、かつてのチームメイト、フロイド・ランディスによる告発、米国アンチドーピング機構(USADA)が告訴し、すべての栄冠を剥奪した。ハミルトンの選手生命を絶ったのも、ランスによる告発であり、その弁護士費用に100万ドルをつぎ込んだ、とあった。そのハミルトンのドーピングの記録は、とても切ない。鎖骨骨折をし、歯を食いしばってラルプ・デュエズを登っていたタイラーをとてもよく覚えているが、その彼も、当時、血液ドーピングをしていたということ。そして、高速化したツールで活躍をするなら、それは必須のことだったということ。自転車に乗ることが好きだった選手が、勝つためにドーピングをし、そして破滅していく。その記録は、とてもとても悲しい。