今年の冬はひどく寒くて、ことに2月は低温続きで梅の開花も大きく遅れた。月末になって、ようやく蕾が開いてきた。湯島天神の梅は十数種類あって、寒い冬とコロナでやられている人たちの心を和ませている。梅がいっせいに咲いていると、人々はみな笑顔になる。不思議だ。土曜日は、いつものごとくロードでの実家帰り。昼間はさすがに寒さもなかったが、夜の帰り道はいつもの通り寒かった。しかし、翌日の日曜日は気温こそ少し上がったものの、風が強く、午前中は南風だったのに、どういうわけか昼過ぎからは北風。一日中、向かい風の中を走っているようで、どうにもこうにも距離がいかない。65km走ったけど、前日の70kmより疲れてる。春はまだまだ遠し、といったところ。
増上寺千躰地蔵
今年は随分寒いのか、いつもなら梅が香っても良さそうなものの、都心でもまだ蕾もちらほら。例年より2週間は遅くなっているらしい。今月は湯島の梅を撮らないといけないのに、月末でぎりぎりという感じだ。先週は愛宕をぐるりと走ったんだけど、40km走っただけで、寒かったこともあってひどく疲れた。週末はまた悪天候で自転車に乗れず。この冬はかなりひどい。日曜日は何もすることがないので、午後は少し仕事をして、ダナーライトを取り出してオイルを塗り込んだ。雨の日曜日の靴磨き。
内藤新宿の歴史
今年の冬は寒い。毎週、雪降るぞ、と気象庁に脅されている。1月に都心の積雪5cmという思わぬ降雪があったので、ここぞとばかりに、大雪に注意、と警告する。今日も、連休明けは大雪、と脅されたが、夜半は雨だったので、また詐欺にあった気分。ただ、ここのところ、日曜日は寒いので、ロードで出かけていない。コース作成の仕事で、先週は新宿に行くことが多かった。新宿歴史博物館は、甲州街道最初の宿場である内藤新宿の歴史が、模型も使って展示されている。大学時代、早稲田から渋谷行きのバスに乗ると、大京町内藤町というバス停があって、内藤町ってなんなんだろう、と思っていた。内藤家の宿場町であるとわかったのは、かなりあとである。新宿は新宿追分もあるし、甲州街道あっての町であること。宿場町には岡場所が必ずあって、その名残がゴールデン街などの繁華街であること。予備校時代から、会社員時代までの8年間通った新宿は、私の原点のようなところ。今でも、一番落ち着く町なんである。