今年度最初のたまライドは70K、秋の大型台風で土砂崩れで通行止めだった戸沢峠を久しぶりにコースに入れることができた。秋川渓谷も声が上がるほど新緑がきれいだったが、戸沢峠からの美山通りも、まるで緑のカーテンのような美しさだった。遠くへ行かなくても、武蔵野は懐が深い。今回は、中学生、高校生を含む16人のエントリー。若い男性も多く、ランチをはさんで終始賑やかなライドだった。女性2名はリピーターで、うち1名は6回目となるヘビーユーザー。前回の70Kが、ディレイラーハンガー破断で止む無くタクシーとなり、今回は見事リベンジに成功。雪の100Kで途中ショートカットだったご夫婦も、今回は余裕の完走。「次は本当に100Kをリベンジするわ」と、笑顔で帰られた。今年は、70Kもランチ付になったので、お昼はみんなで和気藹々と会話も弾んで、楽しめた。いつものごとく、キャナリーロウのランチは行列の人気ぶりだったが、店長が17人の席をきちんとセットしてくれて、特別感満載。来月は100K。
暴風雨の日本海
今年の東京→糸魚川ファストランも終了した。2年連続で雨はないだろう、と高をくくっていたものの、去年を上回る悪天候になろうとは。スタートから雨だったが、去年のような寒さはなく、山梨は一晩中エアコンをつけていても汗びっしょりというくらいに蒸し暑かった。何を着ようか迷ったが、新潟からの雨は小雨のようなので、アームカバー、レッグカバーを付け、ウインドブレーカーを着て走り始める。この雨は富士見峠の下り、70km地点までは降り続いていた。岡谷の第一チェックは7 時前に到着、2時台スタートの人たちにも追いついてペースはよかった。塩尻峠を過ぎ、松本に入ると雨はすっかりあがって、長野県は暑くなくほぼ快適。このまま行くわけはないとは思ったが、豊科、明科とところどころはパックに付いて進んでいく。大岡の第二チェックでは長征班のサポート隊やいろいろな人とも話をし、いよいよ坂中峠。3時スタートのHさんが付いてきたので、しばらく鬼引き。坂中峠手前で別れ、180kmも走ってきての10kmの登り。どうにもこうにも腰が痛いので、ところどころで足を付き、腰を伸ばさないと走れない。第三チェックの妙高は1時前に到着。タイムチェックのタクマに「早いっすね」と言われる。ただし、ここからは雨、風がひどくなるので注意せよ、とのアナウンス。走り始めてすぐに、これは容易ではないことがわかる。風も雨もひどいけど、とにかく寒い。気温8℃。20kmほど行ったところでコメリがあったのでカッパを探すが適当なのがない。園芸用の手袋を買い、少し先のコンビニでカッパの上下を買い、寒いのでカフェラテを飲んで、いざ走り出すが、どうにも寒い。これは無理と、うろうろしていたら、後ろから絹ちゃんが来て、「私、やめる」と言う。二人でやめることにし、他チームのサポートカーに乗せてもらおうと探してみたがみつからず、コンビニでゴミ袋を買って、最寄駅の二本木から輪行。糸魚川駅から走って、ホテル着は午後7時。糸魚川は雨は上がっていたけど、ものすごく寒かった。こうして私の糸魚川は終了。12位だった池澤くんでさえ、日本海沿いの45km区間はインナー×ロウで時速13kmという向かい風、「全然進まないんだよ」ということで、到底無理だった。走行220kmだけど、かなり疲れてるのも情けない。
薫風の日本海へ
春ライド
気づけば5月、3月からの怒涛の二ヶ月、今年は本当に大変だった。何回やっても、大きなイベントは毎年いろいろな問題が起きる。経験が生きるものあり、生きないものあり。一緒にやっているスタッフがベテランなので、みんなに助けてもらいながら、なんとか今年も終了できた。天気が良くて、笑顔が多くて、事故もなくて、それでも終わって10日、まだ手は浮腫み、毎日眠い。東京糸魚川ファストランまで、あと2週間と少しになった。5月の紫外線はかなり強力で、日焼けした腕は何日経っても痛い。去年の連休は、新しいペダルのクリートが外れなくて、土山峠の頂上で、靴下のままボーゼンと立ち尽くしていたのを思い出す。連休に集中して乗り過ぎて、休み明けに風邪を引き、結局糸魚川当日は雨だったこともあって、寒さでふるえて初めてのDNFだった。車に乗ってゴールをくぐったのは初めてだった。なので、今年はリベンジ。ピエール追悼の走りでもあるし、ピエールバッジをつけて、なんとかゴールしたい。